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アサイラムレコード レーベルの話を… [アナログ盤]

ASYLUM
住所の謎の研究

初期ASYLUMのアーティストがお好きな方なら、やはり手に入れたいのは通称『ホワイトアサイラム』。
US盤にこだわりたい方ならリムに印刷されたこの住所ですよね。

MFG. BY ATLANTIC RECORDING CORP., 1841 BROADWAY, N.Y., N.Y.

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ホワイトアサイラムの時期はATLANTICの傘下なのでこの住所も目印です。


通称『クラウズアサイラム』になった1973年はWarnerに売却されてElektraと統合されたためにリムの表記は変わります。

ASYLUM RECORDS Mfg. by Elektra/Asylum/Nonesuch Records, A Division of Warner Communications, Inc., 15 Columbus Circle, New York, N.Y. 10023

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この1973年…実に厄介。
ASYLUM最大の変換期でもありカタログナンバーが『SD』でありながらホワイトアサイラムではなくクラウズだったりして。

そしてさらに厄介事が。
住所表記です。僅かな期間(おそらく2カ月間)だけ
ASYLUMの当時の所在地がリムに入ったものがあります。

9120 SUNSET BLVD., LOS ANGELES, CALIF. 90069

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海外のサイトのデータベースを参考に調べると、7インチに関してはAS 11023 ~AS 11025の3種のみが『SUNSET BLVD』の住所のようです。


■Jackson Browne/Redneck Friend(73年9月)

■Ned Doheny/On And On(73年9月)※写真3

■Eagles/Outlaw Man(73年8月)

そうなんです。この3枚は73年発売のシングルなのですが
73年1月のBatdorf And Rodneyから同年8月のDavid BlueまではATLANTICリム、そして10月のLinda Ronstadtからは『Elektra/Asylum』リムになります。

下記3種の『SUNSET BLVD』リムの7インチでも

AS-11023
Jackson Browne/Redneck Friend
(クラウズ通常盤)
プロモ盤はATLANTIC住所

AS-11024
Ned Doheny/On And On
(クラウズプロモ盤、通常盤は未確認)

AS-11025
Eagles/Outlaw Man
(クラウズ通常盤)
プロモ盤はATLANTIC住所

『FOR EVERYMAN』にホワイトアサイラムは存在しませんが、
『NED DOHENY』と『DESPERADO』に関してはホワイトが主ですが、クラウズのSD品番が存在するためややこしいのですが
Eagles/Outlaw Manのようにプロモ盤はATLANTIC、通常盤はSUNSET BLVDリムなんて事が生じています。

おそらく7インチ同様にアルバムも『NED DOHENY』と『DESPERADO』はSUNSET BLVDリムが存在するようですが
未確認です。

※『『FOR EVERYMAN』にホワイトアサイラムは存在しません』はUS盤を指します。

Traveling on a Sundeck [アナログ盤]

タケカワユキヒデ
Traveling on a Sundeck
(スプリンター・リフトバック~光の中を走るサンデッキ ~)

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長い間探していて見つからなかったタケカワユキヒデの非売品7インチです。
1976年にトヨタのスプリンターリフトバックの販売促進用に制作されたもので、レーベルのCOLUMBIAロゴの下に「委託制作」の記述があります。

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何年も探していてまったく見つからなかったのに、先々週ヤフオクになんと2枚も!
1枚は既に5000円即決で終了していて、残った1枚(別の出品者さん)が1000円スタートで
誰も入札無し。落札出来ました(涙)

この「委託制作」と78年発売の「CMソング・グラフィティ ゴダイゴ・スーパー・ヒッツ」収録の曲が別モノで、「CMソング・グラフィティ」に収録されているのは新録。
スプリンター・リフトバックのCMが好きで好きで・・・「CMソング・グラフィティ」が発売された時は嬉しかったのだが・・それはCM用のフルバージョンで無かったため残念だった記憶が。

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このレコードの存在を知ったのは、恐ろしく詳細まで調べ上げられたゴダイゴのファンサイト「STUDIO-G」を見てのこと。素晴らしいデータ収集が圧巻です。

「CMソング・グラフィティ」収録の物との大きな違いはやはりCMを意識したアレンジになっていること。タケカワ氏の解説では新録バージョンがベストトラックと言っているが、完成度はやはりLPバージョンが上かもしれませんね。実際のCMのテイクは、15秒版、30秒版で構成が違うし、特に15秒版は複数存在し、歌詞がハミングに変わったり、部分的にインストになったり様々。ライナーに書かれているように13バージョン存在するようだが、ベースになっているのはこの販促用のフルバージョンだと思います。





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CMのヒロインがアグネスラムからステファニーに代わり、曲のなんとスプリンターの歌う「スプリンター・リフトバック」で曲名も「サンシャイン・オン・ミー」に。残念ながらクオリティはタケカワバージョンが断然上ですが、クレジットにタケカワユキヒデと奈良橋陽子の名前があり歌詞も変わっている。

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これも「委託制作盤」のライナーに書いてあったのだが、歌詞、曲共に完成後に「スプリンター・リフトバックと入れてほしい」との要望からの変更があったそうで。
もしかしたら「サンシャイン・オン・ミー」が元の歌詞だったのかなぁ〜?なんて妄想も。




For Everyman [アナログ盤]

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こんな特集したのは去年の11月の話でした。

思い出してね。ここですから。

今ではボクのブログの常連さん、kuwaさんの初書き込みがあったのがこの記事でした。

kuwaさんはこんなコメントを入れてくれました。

こんにちわ。デブディランサイトからきました。非常に興味深いネタでした。家にあるのは日本盤がアサイラムレコードシリーズで出た1976年の物。当時の輸入盤に比べ色が濃い印象でした。CDは薄い色ですよね。次はフォーエブリマンでお願いします。輸入盤も80年以降のアナログ盤は、中ジャケットを出すと、額の中は印刷されず真っ白でした。。。。

それに対してボクは・・・・

kuwa様。はじめまして、ようこそです! 1stは・・・オリジナルの意味をも変えてしまいそうな 色身や紙質変化に困惑します。 「フォー・エブリマン」も実は考えておりました(笑) 研究が終わり次第また記事にしますので、宜しくお願いいたします。

なんて適当なこと言ってから7ヶ月。

ようやく「この日」がきました。

なんでこんなに時間がかかったかって?

正直に言いましょう。

USオリジナルを持っていなかったからなのだぁ!

そうなんです。国内盤とUK盤を持っているくせに・・・

たまたまUSオリジナルを買う機会が無くて・・・・

最近ようやく格安で入手。

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国内盤の「フォー・エヴリマン」を買ったのが19歳だったかな?

それから30年も経って・・・ようやく入手したUSオリジナル。1000円也

さて、始めましょうかね。

国内盤、US盤、UK盤の違いについて。

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この続きは「別館」にて(笑)


明日の夕方くらいまでのいは完成させますんで・・・


Wendy Waldmanは・・・深いぞ。 [アナログ盤]

先日・・・Love Hurts「別館」でNed Dohenyの1stをチョイスした際に、

チョロっと触れたWendy Waldmanの話。

↓このCDです。

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2005年に「Collectors' Choice Music」から発売された

彼女の1978年のアルバム「Strange Company」であります。

ちなみにこの2005年のリリース時には彼女のWARNER BROTHERS時代のアルバムが

全5種、彼女の書き下ろしのライナーでNed同様にBOB FISHERにより

リマスターが行われています。

本題に入る前に・・・・

もし、amazonやHMV等のオンラインで販売されている

Wendy Waldmanの「国内盤」を検討されてるアナタ!(いないか?)

これはNed同様に無用に高いソリッド系ですのでご注意を。

輸入盤の方が1000円くらい安いので・・・まぁ、無駄な国内盤は・・・・

止めましょ!



さて、ここからが本題です。

無意味に長くなるかもしれないので・・・興味の無い方(スズキックスさんとか・・)は

早めにスルーして下さい。

ボクが、Wendy Waldmanという人に興味を持ったきっかけは・・・コレ。

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よく出てきますよね(笑)Randy Meisnerの1980年のセカンドアルバム

「One More Song」であります。

この国内盤をお持ちの方ならみんな「コレ勉強になったわぁ」って思ったはず。

以前のブログでも特集していますので・・・よかったらコチラも!

80年といえば、まだ20才そこそこのガキです。

まだまだウエストコースト系の深みも・・・歴史もろくに知らないボクは、

このアルバムのライナーノーツの解説と裏面に手書きで書かれたファミリーツリーにより

ドドドッっと深みにハマっていきます。

Randy Meisnerの名作「One More Song」の制作の背景で重要な人物が2人。

それが、Eric KazとWendy Waldmanなわけです。

この辺りのくだりは・・・やはりコチラで確認して下さい。

特に大事だったのがこの部分かな?

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こんなペースだと・・・いつまで経っても進まない(汗)

興味深かったWendy Waldmanのアルバム・・・・

最初に買ったのが、上記で紹介した「Strange Company」であります。

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このアルバムは無くして、Randy Meisnerの名作「One More Song」は

存在しなかったって乱暴なこと言ってもいいくらい重要な1枚。

このアルバム以前の彼女の作風は・・・ロックではない。

何故、彼女がロックなアプローチを始めたのかは解らないが、

時代だそうさせたのかもしれない。

このアルバムの彼女のバックを勤めたのは後のクリトーンズ。

結局ごっそりLinda Ronstadtに持っていかれることになるのだが・・・

Linda Ronstadtを悪く言うつもりはない。

彼女は優秀なシンガーでありコンポーザーではない。

才能がありながら、なかなか知名度の上がらなかったWendy Waldmanや

Karla Bonoffの作品をいち早く取り上げ、世に送り出しのはLindaである。

Kenny EdwardsやAndrew Goldを早くから起用したのもLindaだ。

結局Bryndle丸まる持って行かれたみたいだけど(笑)

話を「Strange Company」に戻そう。

聴いてもらうと凄くよく解るのが、同年1978年のLindaのアルバム「Living In The U.S.A」より

はるかにロックなアルバムだ。

憶測だけど・・・時代の流れ(パンクの台頭など)もあるが、

このWendy Waldmanの「Strange Company」に触発され、

80年の「Mad Love」へと向ったんではないだろうか??

Wendy Waldmanは、78年の「Strange Company」以降82年までアルバムが出ていない。

レコード会社もワーナーからエピックに移籍、

78年の自作「Strange Company」やRandy Meisnerの「One More Song」の制作を経て

いよいよその姿を表に出したのがコレ。

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1982年の作品「Which Way to Main Street」である。

あの長かった黒髪をバッサリ(Linda同様だけど)

前作以上にタフなサウンドメイクに変ったWendy Waldman。

この過激なアルバムのオープニングを飾ったのが、「Heartbeat」

そう、マイアミ・ヴァイスでおなじみだったDon Johnsonが

85年に「Heartbeat」をカヴァーしヒットさせている。

Don Johnsonのカヴァーよりオリジナルの方が断然疾走感があってカッコイイ!

クリトーンズ自体はあまり好きではないが、

変わりゆく時代の中で自己のアイデンティティを表現した素晴らしいアルバムだ。

70年代のロックアプローチ以前の彼女が好きだって方には

少々喧しいアルバムです。


話がいろいろ交差するけど・・・・混乱しないでね(笑)

「Strange Company」や「Which Way to Main Street」を聴いたあとで

さて・・・・原点に戻ってみようと思い、手に入れたのがコレ。

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↑1973年の彼女のデビュー作「Love Has Got Me」

このレコードは・・・・トレードしました。
元の持ち主は「クロウポイントさん」です。

20代半ばだと思うんですが・・・

私の持っていた1500円シリーズだったかの「HOWDY MOON」とトレード。


ハウディ・ムーン

ハウディ・ムーン

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル インターナショナル
  • 発売日: 2007/06/20
  • メディア: CD



クロウポイントさんがまだクロウポイントさんになる前の話。

実に声が可愛くて、清々しいアルバムです。

Bryndle時代の他のメンバーも参加したこのアルバムは、

1973年のローリング・ストーン誌で、この年の最良のアルバムに選ばれたそうです。

次に中古盤で買ったのが・・・・コレ。

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1974年の「Gypsy Symphony」

これねぇ〜正直印象薄いんですよ。

前作同様にBryndle時代の他のメンバーも参加しているのですが、

ファーストに比べたら・・・う〜んあまり聴いていないからかなぁ。

75年のサードは持っていなくて・・・76年の「The Main Refrain」が今回探したんだけど

行方不明。「The Main Refrain」の方がセカンドよりは聴いていますね。


The Main Refrain

The Main Refrain

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Collector's Choice
  • 発売日: 2005/10/04
  • メディア: CD




とは言っても・・・・

正直「Strange Company」や「Which Way to Main Street」ほど聴いていない。

自分の中での彼女のイメージが完全にロックな方向だったから

初期の名作たちへの馴染みきれない気持ちは隠せません。

そんな馴染めなかった70年代のワーナー時代のレコードのことをすっかり忘れ、

レコード棚の何処にあるのかも解らなくなった80年代後半・・・・

当時欠かさず買っていた「ミュージックマガジン」の広告に彼女を発見。

これは正直驚いた。

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確か・・・これは最初日本だけでのリリースではなかっただろうか?

同時に同じレーベルからJesse Colin Youngの新譜も出たと思う。

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彼の歴史からは・・・比較的忘れられたというか、歴史に無いアルバムだったような。

発売は共にA&M傘下のレーベルから。

どちらも後年本国でも発売されたはず。

この時代・・・Ned Dohenyもそうだけど、日本サイドで企画したレコード・・・

多かったですね。

言い方は悪いですが、本国アメリカで、レコードが出せない(出さないんじゃなく)

アーティストをこの時代救ったのは・・・間違いなくバブルな日本でしたね。

さてこの「Letters Home」というアルバムは

良くも悪くも80年代後半というサウンド。

打ち込み系の音が耳に着くし、オーバーなエコーも・・・

しかし、Wendy Waldmanは変っていない。

相変わらずの優しい声。時にフォーキーに、また時に激しく

曲調は彼女の集大成と言った感じだろうか。


まぁ、Bryndleのことは・・・別にしても、本当はここでWendy Waldmanの話は

終わりにするつもりだった。

「Letters Home」以降の彼女の作品聴いていないし。

ところが・・・

今回いろいろ海外のサイト等で調べたりしたら・・・

あらら・・・いろいろ活動しているし。

0002.png

http://www.WendyWaldman.com/index2.html

彼女のオフィシャルサイト。

ソロワークと並行して「The Refugees」なるトリオで

ガンガン活動しているじゃありませんか!

残念なことに・・・

彼女の2007年のアルバムもThe RefugeesもBryndleの2003年以降のアルバムも

日本では入手出来ないインディーズレーベル。

特に欲しいなぁ〜って思ったのが2007年発売の「My Time In The Desert」

0003.png

文字が読みにくいようなので・・・・

My Time In The Desert
2007

Track List:
1. Can't Stop Now
2. You Plant Your Fields
3. My Last Thought
4. Carves New Rivers
5. My Time In The Desert
6. The One Who Loved
7. New Mexico Cadillac
8. That's What Love Is
9. The Luckiest Woman
10. Fishin' In The Dark
11. Save The Best for Last
12. Never Love Again
13. The Walkacross

注目は11曲目の「Save The Best for Last」であります。

Vanessa Williamsの歌唱で有名なこの曲。

日本のCMにも使われた曲だから聴いたことがある人も多いはず。

アメリカでは・・・重要なナンバーらしい。

Wikipediaによりますと・・・・

彼女自身のエピソードに基づいた歌詞もさることながら、バラード調のメロディーなど全般に渡って特に優れており、ビルボードの全米シングル、R&Bチャートともに第1位(シングルチャートでは5週連続1位をキープ)、カナダ、オーストラリア、オランダでも1位、全英3位、その他各国の海外音楽部門の大多数でトップ10に輝くという世界的な大ヒットを記録した。同時に、彼女の全ての作品の中でも最大の成功を収めた曲である(2008年1月現在)。
歌詞の内容は、"最後のために最高のものを残しておく"といった意味合いのタイトルからもうかがえるとおり、黒人初のミスアメリカになるという成功からスキャンダルによる挫折、シンガーとしての新たなキャリアのスタート、そして再び脚光を浴びる… といった、これまでの起伏に富んだ彼女の人生を見事なまでに表現している。後に、各国の複数のアーティストもカバーした。
この曲は、R・ケリーのヒットソング「I Believe I Can Fly」とならび、アメリカ合衆国の高校をはじめ、各種学校の卒業式や特別な行事(プロスポーツの決勝戦等)で歌われることが多い。

なんとこの曲の作者がWendy WaldmanとJon Lindだなんて・・・・



Wendy が歌うヴァージョンも発見。








それでは最後に・・・3曲目の「My Last Thought」のPVをどうぞ。



なんとこのPVは、彼女の長いキャリアにおいて「初めてのPV」だそうだ。


欲しいアルバムだなぁ。

誰か・・・「paypal」で買物出来る人・・・・

オレの分も買ってください!!



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何故「PRONE」は・・・ [アナログ盤]

久々の本館で〜す(笑)

特に旬な話題でもなく・・・どちらかと言えば、

忘れられそうな1枚、NED DOHENYの「PRONE」というアルバムの事。

このアルバムの事知ってる方なら、当たり前のように知られた話ですが

何故この「PRONE」が(これ以降全てだけど)アメリカ本土で発売されなかったのかなぁって

素朴な疑問。

本来なら「HARD CANDY」に続くサードアルバムとして

1977年にリリースされる予定だったのが・・・何故??

「HARD CANDY」がどのくらい本国でセールスがあったかは解んないけど、

「これは売れない」ってレコード会社が判断を下したのか?

それとも、ネッド自身が発売を拒否したのか・・・

おそらくはレコード会社の判断だったのだろう。

制作期間が短く「HARD CANDY」の流れであることは推測できるが、

「HARD CANDY」に比べたら薄っぺらさも感じるし、散漫な印象もあるが・・・

内容に不満を持ったレコード会社が発売を認めなかったとしたら・・・

不思議なのが1978年の来日、そして1979年になり

アメリカではお蔵入りしたアルバムが日本のみで発売となったこと。

これって不思議じゃない?


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これが日本だけで発売されたサードアルバム「PRONE」

これは日本盤のライナーにある写真。

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アルバムジャケットの「色校正」を持つNED本人の写真だ。

曲も完パケで、校正刷りまであがっているアルバムなのに・・・・

解説にも書いてあったが、このアルバムは内省的で暗い。

どうやら彼自身が味わった様々な「失望」や「挫折」をアルバムに託したことが、

まだまだAOR路線で売りたい会社側の逆鱗に触れたのか・・・

匙を投げられた彼に、最も熱いラブコールをしていたのが日本。

日本なら・・・ゴミも「銭」になるかという判断だったのだろうか?

日本ではアルバムのみならず、シングルカットまでされている。

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このシングル盤には・・・

心やさしいネッドが日本のファンだけのために発売のOKを出した。  だって(笑)

原盤権はどうやら日本のCBSソニーが買い取ったのでは・・・なかろうか。

その後、アルバムも発売してもらえない本国のレコード会社との契約も切れるわけだが・・・

相変わらず日本では人気あったようね。

CBSソニーは1982年に「セイリンサマーシリーズ」として

再度「PRONE」を発売。

再発廉価版は・・・・なぜかジャケットが異なっている。

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1989年の初CD化の時もこのジャケが採用されている。

個人的にはオリジナルが好きなんだけど。(2005年紙ジャケで復活)

彼自身は・・・本当に日本という国に感謝の気持ちがあったようだ。

自分の本質を理解してくれない本国の姿勢とは裏腹に

日本は丸々彼を受け入れたわけだから・・・しかし

それから10年、彼は1枚のアルバムも出していない。

88年・・・またしても日本のみの発売。

今度はCBSじゃなくポリスターから。

そして翌89年7月・・・・日本でのライブ。

それに合わせてCBSの2枚と、少し遅れてアサイラムのファーストが

「世界初」のCDとしてこれまた日本国内だけで発売された。

そんな日本公演をクロウポイントさんともう一人の友人と3人で

渋谷のクアトロへ観に行く。

こんなTシャツまで作って(笑)

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そのライブで・・・なんと一眼で「隠し撮り」

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結局これ以降のNEDには・・・少し興味が薄れてしまった。

何故なら・・・

70年代にあれだけ敷かれたレールに乗せられることを拒んだネッドは

彼がを愛した日本で日本人が敷いたレールの上を数年歩くことに。

それもAORの代表みたいなスタンスで。


これも日本への恩返しだったのだろうか・・・





マジっすか! [アナログ盤]

最近「JACKSON BROWNE」のファーストがヤフオクなどでやたら高騰している。

以前は・・・・

USオリジナルの1stプレスも2ndプレスも大体高くて3000円から4000円くらい。

酷い時は1000円台でも流れた時もあったのに・・・

今日終わったオークション・・・

これには正直唖然としましたね。

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30500円ですって。

確かにジャケットの状態はすこぶる良さそう。

東芝のROCK NOW帯が残っている国内盤は確かにめずらしい。

欲しい方がこの値段で落札したのだから・・・それに何の異論もない。

帯の無い東芝盤なら・・・

1000円くらいで売っているお店も知ってるけど(笑)


ますますこうしたブツが

買いにくい世の中になってしまうのだろうか。


Warren Zevonのリマスター重量盤 [アナログ盤]

今年初めてイオンモールのタワーレコードへ行ってきた。

数日前にタワーレコードより電話があり、

ようやく Warren Zevonのアナログが入荷したとの連絡であった。

amazonでも10日くらい前から予約可能のメールが来ていたので

そろそろ電話くるかな・・なんて思っていたところでした。

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取り寄せをタワーに頼んだのが昨年の8月9日。

何故・・・タワーに頼んだのかといいますと、

昨年8月の段階ではamazonやHMVのWEBでは買えそうもない代物・・のはずだった。

いつもメールが来るアメリカの「Music Direct」で

Zevonのリマスターアナログが9月に発売されることを知り、

その時点では国内で取扱が難しいレーベルだったため、

やむなくタワーに「取れるようなら客注で取ってくれ」とダメもとでの予約をした。

しかし・・・数週間後、状況は一変する。

「Music Direct」のWEBからアナログ盤のリリース告知が消え、

突如としてRHINOから未発表トラックを含む2枚組CDの発売告知が登場。

詳しくは2008-11-11のココを見てもらえるとよく解るのだが・・

昨年はMudcrutch等で、キチンとしたアナログマスターから作られたレコードが

とてもいい出来きだったので、Warren Zevonのアナログにも

大きな期待を抱いていただけに残念だった。

そのアナログからすり替わるように発売されたCDも当初の9月から大幅に遅れ、

なんと11月のリリース。この時点でアナログの発売はもう無いであろうと

諦めていたのに・・・・最初の告知から4ヶ月以上経った1月に

突然の復活。それもCDと同様にAsylum〜RHINOからの発売。

ボーナストラックも無い、まったくのオリジナル通り。

これです。
CIMG5383.gif

今までにもこうしたアナログは結構多く発売されている。

しかし、DCCはじめ重量盤での再発は殆どがオリジナルジャケットを無視し。

必要以上にヴィニールコーティングしたりする事が多く、

イマイチ購買意欲が盛り上がらなかった。

しかし今回のWarren Zevon・・・

USオリジナル通りのつるんとしたマット紙が使われている。

紙の重量も過剰に厚くしたりせず、オリジナルっぽい薄い感じがいい。

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CDではあれ?って感じの・・ちょっと赤味が強い印刷だったが、

今回のアナログはオリジナルに近い寒そうな色に戻っている。

CIMG5384.gif

「Cut From the Original Analog Master Tapes.」の表記がうれしい。

CDの時はAsylum〜RHINOがよくやる初期アサイラムっぽい感じだったが・・・
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今回のアナログはうれしいぞ!これです。
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RHINOさん、やってくれるねぇ〜。

手にずっしりくる180gのヴィニールに帰宅後早々針を落とす。

近所迷惑にならない程度の「デカイ音」で聞くWarren Zevon。

ハリウッドの乾いた空気と反比例な重いサウンドがぶつかってくる。

この名作はやはりアナログ向きだなぁってつくづく感じながら

昔に戻り、歌詞を見ながらB面ラストナンバー

「DESPERADOS UNDER THE EAVES」を歌った夜でした。



Warren Zevon [12 inch Analog]

Warren Zevon [12 inch Analog]

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Rhino
  • 発売日: 2009/01/27
  • メディア: LP Record





JACKSON BROWNE [アナログ盤]

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「別館」では・・・「Time The Conqueror/時の征者」のこと書いたけど・・

「本館」は1972年のファーストのお話。

11月にジャクソン・ブラウンの紙ジャケが出る予定だったが・・・

見事に中止。(泣)

その紙ジャケで一番興味があったのが「ファースト」と「セカンド」だったので

どこまで「再現」してくれるかが楽しみだった。

本当はねぇ、その「紙ジャケ」と当時のUSオリジナルのアナログ比較を予定していたのに・・・


紙ジャケの場合の殆どがオリジナルを忠実に再現・・・と言っておきながら、

ジャケはUS使用で、帯が国内盤の使用という

ど〜にも納得がいかないことがムカついていた。

特にファーストの紙質を何処まで再現できるのだろうということが

最大の興味だったのに〜。

仕方ないから、「ファースト比較」にネタ変更です。


ここからは・・・意味解んない人にはホント退屈ですので(笑)

ワタシがアナログで所有している「1st」は4枚。

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左側から・・・

・東芝音工から発売されたファーストプレス。

・USオリジナルのマトリクス末尾がAAのファーストプレス

・USオリジナルのマトリクス末尾がCCのおそらくセカンドプレス

・80年頃のUSリイシュー盤


80年頃のUSリイシュー盤のジャケットの色見が現在のCDでは採用されている。

72年オリジナルとはまったく異なった色見&紙質。


CIMG4872.png

定説では・・・・

ジャクソン・ブラウンの1stの取り出し口はトップオープン。(↑参照)

USの初回プレスから80年代の再発まで。全てトップオープンだと思っていたら

なんとサイド開きが存在していた!!(↓参照)

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ちなみに東芝音工盤はファーストプレスからサイドオープン。

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UK盤やその他の各国盤がどうなっているのかは未確認。


US1stプレスとUS2ndプレスの大きな違い

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裏ジャケットのクレジットの組み方がまったく違うのだ。

1stプレスはセンター揃えで2ndプレスは左頭揃え。

なぜこのような変更がおこなわれたかは不明。

ちなみに・・

国内盤はUSオリジナル仕様で、US再発はUSセカンドプレス仕様。

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エンボス加工

US盤の1stプレスのみ、ウォーターバッグの注ぎ口とハト目部分がエンボス加工。

セカンドプレスからはエンボスは無い。

エンボス有り
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エンボス無し(解るかなぁ〜)
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エンボス有り
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エンボス無し(解るかなぁ〜)
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テクスチャー

US初期盤と東芝音工ファーストプレスのみ「麻パルプテクスチャードカバー」

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同じ「麻パルプテクスチャードカバー」ではあるが、

US盤の方が荒っぽい紙質。

破れるとこんなふうになるのだ。
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と、いうことで・・・紙ジャケに期待したのは、

「麻パルプテクスチャードカバー」

と色見だったのになぁぁぁぁぁ。

残念だなぁ〜。




泣いた歌その2「ハピネス」 [アナログ盤]

泣いた歌そのを・・・

スパイダースの「真珠の涙」と予告しておきながら

またやってしまった「テキスト消去」(涙)

高校時代の想い出を手繰り寄せながら

2時間くらいかけて頑張ったのに・・・

最終データを保存したはずなのに、残ったのは最初の保存のみ。

凹みましたわ。

そんで「真珠の涙」は後回しじゃ。



気持ちを切り替えて・・・「タケカワユキヒデ」で行きます。

1979年発売の「HAPPINESS〜ハピネス〜」であります。


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1979年・・・この年の「サントリー純生」のCMソングとして初めて耳にすることになる。

聞いた事ある感じなんだけど、違う曲だなぁってのが最初の印象。




よくこんなモノがyou tubeにあったもんだ。感謝します。



「hamakaze_ataru さん」も2006年に書いているが・・・


「タケカワユキヒデ」に興味を持ったのが、

彼がソロシンガーとしてデビューした1975年、

NHKの人気番組「レッツゴー!ヤング」にミッキー吉野グループをバックに

デビューアルバム「PASSING PICTURES・走り去るロマン」の中から

「イエローセンタライン」を歌った。


「hamakaze_ataru さん」はその時の想い出を

「初めて聴いた時は新しいポップスの可能性を強く感じたことをハッキリ憶えている。」

と書き記している(笑)


かったらご覧下さい。



アルバム「PASSING PICTURES・走り去るロマン」のレコーディングメンバーにも

ミッキー吉野グループは名を連ねているが、

どちらかと言えば、シンプル過ぎるくらい地味な「タケカワユキヒデ」の世界を紹介している。

その後、彼らは「ゴダイゴ」へ発展して行くわけだ。


話を「ハピネス」に戻そう。

「サントリー純生」のCMソングはその年、「タケカワユキヒデ」のソロシングルとして

発売された。

同時に75年の「タケカワユキヒデ」ソロアルバム

「PASSING PICTURES・走り去るロマン」は装いも新たに再発(通算3目)

この1979年・・・間違いなくゴダイゴの絶頂期だろう。

今では子だくさんのパパのイメージが強い

「タケカワユキヒデ」であるが、カッコ良かった。

日本語のロック・・・と位置づけはしにくいが、

明らかに新しい時代の日本のジャンルだなぁと思った。


ミクシイなどでも書いたが、1979年という年は

ワタシにはとても重要な年。

まだまだ子供でありながら、大人の感性も育ちはじめていた79年。

多様化し過ぎる「80年代」を翌年に控えた最後の70年代。

最後の70年代を迎えた19歳のワタシは「ハピネス」の歌詞に、夢を感じたのである。




こんなに広い世界の中で

なぜかお互い オンリーユー

愛ってやつは 言葉や数字じゃ

あらわしきれないミステリー


15の時は見知らぬ同士

20ちょっとはジャスト・ア・フレンド

今では陽気な 人生パートナー

この先お手柔らかに


We are hoping for peace and freedom

Haappiness Haappiness

We are working loveing singing

Haappiness Haappiness

In order to get happiness

Haappiness


目覚めて最初に見る顔が君

一日がはじまる

まどろむ前に見るのも君さ

このやすらぎは エヴァーグリーン


We are hoping for peace and freedom

Haappiness Haappiness

We are working loveing singing

Haappiness Haappiness

In order to get happiness

Haappiness





甘っちょろいラブソングなんだけど、

こんな人生って素晴らしいんじゃないかなぁって

単純に思った。

見知らぬ同士が・・・出会い

そして結ばれ・・・いつしか大切なパートナーとなる。

当たり前のような日々の中で、大切がいつもそばにいる。

それを最大のやすらぎと感じる人生・・・


なんて素敵なんだろう。

20歳を前にワタシは思った。

これからどんな人と出会うのだろう。

そしてどんなパートナーを見つけるのだろう。

そんなことを考えながら

何度もこのシングルを聴いた。

そしてどんどんその詞の深さにハマる。

単純なんだけどその素晴らしい詞に・・・

笑顔で泣いた。

この時期の・・・ワタシのハートはキレイだったんだろうね。



ちなみにこの「ハピネス」は1975年の

アルバム「PASSING PICTURES・走り去るロマン」に

「ぼくのしあわせ」という・・曲のセルフカヴァーなのだ。

詞もメロディーも大きく変わっているが、

「タケカワユキヒデ」の考える「しあわせ」の定義は変わっていない。

なかなか「ハピネス」の歌詞のようにはいかない人生(笑)

ワタシは人生のパートナーとのゴールインは1994年・・・余談ですな(笑)




最後も余談ですが・・(笑)

只今48歳のワタシの今の人格形成に大きな意味をもつ1979年・・・19歳。


「hamakaze_ataru さん」のプロフ写真も・・

そしてpettyさんの「本館」も「別館」のプロフ写真も1979年・・・19歳のワタシなのだ。


そんなキラキラした頃の自分を忘れたくないものだ。





走り去るロマン(紙ジャケット仕様)

走り去るロマン(紙ジャケット仕様)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ディウレコード
  • 発売日: 2008/11/21
  • メディア: CD



1975年当時のジャケを再現。シングル「ハピネス」もボートラ収録です。





CMソング・グラフィティ・ゴダイゴ・スーパーヒッツ

CMソング・グラフィティ・ゴダイゴ・スーパーヒッツ

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Colombia Music Entertainment =music=
  • 発売日: 2008/03/19
  • メディア: CD




これもハマりました。

アオハタのマーマレード、スプリンター・リフトバック・・・名曲揃い。

買って損無し!!!!























泣いた歌その1「清怨夜曲」 [アナログ盤]

基本的に泣き虫なのである。

ドラマや映画は勿論、昔聴いた歌を思い出し・・・涙ぐんだり。

最近、泣くためのコンピCDなんて阿呆なものもある。

そうじゃないだろう?

様々なシチュエーションがあり、

その時に出会った曲に心が反応し、そして涙が出る。

なので、決して悲しい歌(失恋や死がテーマ)ばかりじゃなく

ハッピーなテーマに共感して流す涙もある。

そんな「泣いた歌」をアレコレ紹介しようかなと。

基本邦楽で行きます(笑)


第1回目は・・・

あがた森魚の「清怨夜曲」

CIMG4630.png


子供の頃から「音楽」に関しては「特異」な環境で育ったと思う。


私には5歳上の兄がいる。

弟が洋楽が好きだとなれば、普通は兄の影響ってのが「定説」でしょ?

ところが違うんです。

私の兄は「変人」なわけで・・・

中学生の頃から昭和歌謡のSP盤を蒐集し、

それを「蓄音機」で聴く。

そんな家庭環境ゆえ、私は小学生の低学年で

藤山一郎の「キャンプ小唄」

東海林太郎の「上海の街角で」

小畑 実の「星影の小径」を当たり前のように歌える・・・

そんな変態小学生になっていた。



〈COLEZO!〉東海林太郎 ベスト

〈COLEZO!〉東海林太郎 ベスト

  • アーティスト: 東海林太郎,島田磬也,久保田宵二,サトウハチロー,徳土良介,佐藤惣之助,大木惇夫,藤田まさと,矢島寵児,今中楓渓,一ノ瀬義孝
  • 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
  • 発売日: 2005/03/09
  • メディア: CD






決定版 小畑実

決定版 小畑実

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: キングレコード
  • 発売日: 2007/11/21
  • メディア: CD






幸い、普通の歌謡曲やGSも好きだったのが救いだ。


さて、あがた森魚の話。

昔、「ベスト30歌謡曲」という歌番組があった。

司会は愛川欽也と五十嵐じゅんのじゅんきんコンビ(笑)

ある日の「ベスト30歌謡曲」に当時「赤色エレジー」がヒット中の

あがた森魚が出演していた。忘れもしない!

バックは「はちみつぱい」だった。



もちろん「懐メロ」や「大正ロマン」好きな兄はハマった。

部屋の蛍光灯をわざわざ「裸電球」に変えた阿呆兄である。


私といえば・・・その、あがたの詩の世界は

幼少期の特異な環境のおかげ?で違和感なし。

「舞踏会」「乙女」「走馬灯」などの言葉は染み付いていた。

兄の買っていた林 静一の漫画も読んでいたし。


兄は「赤色エレジー」のシングルを買い、聴きまくっていた。

兄の部屋から聞こえる「赤色エレジー」の世界が

ビートルズを好きになり始めた私にのしかかる。

しかし嫌いじゃなかった。

記憶が確かなら、ビートルズのコンパクト盤と一緒に買ったのが

「清怨夜曲」だったと思う。

そのきっかけが・・・

小泉宏モーニングショーだったと思うが、

あがたと緑魔子が出演(モーニングショーだってのに・・・)

そこで「清怨夜曲」を聴いた。

涙声で歌う・・あがた、そして歌詞が何故か切なかった。

「ながきかみ、かきいだき あわきゆめ、みはてぬとも・・・」

「あなたのかたでるりるらおどれたら」

「きみはしあわせにねむくなれ」

なんて綺麗な響きなんだろう。そしてどこまでも切ない・・・

訳も解らず涙が出てしまう。

シングルを買って驚いたことがある。

CIMG4632.png

歌詞だ。

「長き髪かき抱き、淡き夢見果てぬとも」

だとばかり思っていたのが・・・本当は

「汝が綺髪 かき抱き 吾は綺夢 見果てぬとも」

驚いた。意味が全く変わってくる。

そして「幸せ」だと思っていたのが「仕合わせ」だった。

「仕合わせ」とは、幸せの語源で「運命の巡りあわせ」という意味らしい。


CIMG4634.png

日本語の歌詞を神経質に考えるようになったきっかけは

やはり私の家庭環境とこの「清怨夜曲」だろう。

結局、私のあがたヴームは一旦ここで終わる。

中学生には切な過ぎた。洋楽の方が気持ちよくなっていたし。

歌詞に固執したくなかったのかなぁ・・・


時は流れ・・80年代後半

キング・ベルウッドの名作がCD化され、

「はっぴいえんど」や「はちみつぱい」と一緒に

あがたの初期作品も一挙にCD化された。

中学生当時、シングル盤でしか聴いていなかったことと

懐かしい思いでアルバム「乙女の儚夢」を買った。



乙女の儚夢

乙女の儚夢

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ディウ
  • 発売日: 2007/09/21
  • メディア: CD





中学生の頃より、もう少し国語が解るようになった私は

久しぶりにあがたの世界にのめり込むと同時に

アルバムの最後を飾る「清怨夜曲」は

シングルとは全く別のヴァージョンであることを知る。

それは・・・

シングルより重く、切なく・・痛かった。

そして、30近かった私のそれまでの様々な経験や想いが去来し

改めて泣けた。

エンディングの鈴木 茂の荒々しいディストーションが

激しくそして悲しく泣いていた。


そんな思い出の曲であります。



次回はスパイダースの「真珠の涙」・・・かな?











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